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社長通信第209号 2011.2.25 労災保険

トップニュースです。
我が社始まって以来のことですが、労災保険適用の第1号が出ました!

適用第1号の方は、宇都宮店の七久保栄美子さんです。

先日、七久保さんが朝礼大会の入場時につまずいて転んでしまったのを覚えていますよね?
その時の七久保さんのグループ発表の写真です。
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転んでもすぐに痛そうに起き上がってから、7分間は元気に発表していましたが、
実は、なんと、なんと、骨折していたのです!
痛かったでしょうね~。。。

しかも、その後のありがとう作文の発表も、真剣に行って、午後の木越先生の研修もしっかり参加して、びっこ引きながらも元気に帰りましたが・・・

本当は、相当我慢していたんでしょうね~。それにしても凄い根性ですね(涙)
今日は3日ぶりに元気に出勤しました!右足はギブス、松葉づえをついて。
なんと、全治4週間だそうです。
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当分の間、お家の方やスタッフで協力して送り迎えとなります。
七久保さん、頑張ってね!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、この労災保険というのは、毎月皆さんの給料から保険料が引かれて、そしてそれと同じだけの金額を会社が負担している訳ですが、
会社が法人化されてから25年間で、初めて適用されたのです。

まあ、このようなことはできれば無い方がいいのですが・・・。

今回の適用で、社労士さんといろいろと打ち合わせをして、たくさんのことが分かりました。

労務災害ということになると、その状況によっては、労働基準監督署から労働環境の改善の指導があったりすることもありますが、
今回の場合は、研修中であり、また本人の不注意ということになり、そのような指導を受けることはないということ。
それから、七久保さんはすでに2か所の病院に治療費を支払っていますが、できれば最初から、労災ということを病院に伝えた方が、スムーズに行くということ。
今回は、後から申請することになりますが、いったん支払った治療費を病院から返還してもらい、後に、保険事務所から病院に支払われるということ。
七久保さんが怪我のため出勤できなくなった時は、3日間は有給休暇を使用し、それを越えた場合は、会社は欠勤扱いとなり、欠勤した分の給与は労災保険で本人に支給されるということ。

初めてのことでしたが、いろいろと勉強になりました。
そういう意味では、七久保さんにありがとうと言いたいです。

でもしかし、皆さん、今後は社内研修のハイテンションの時には要注意ですね(笑)
by tamurasyasinkan | 2011-02-25 15:15

社長通信第208号 2011.2.24 栃写協セミナー

今日はセミナー日和でした。

日創研宇都宮経営研究会では、2月度例会で村尾講師の財務5時間セミナーがあり、田名網店長、永島部長、安達店長、斎藤部門長が出席しました。

そして、栃写協の研修会には、英さん、小林さん、小玉さん、黒崎さん、川田さん、渡辺由さん、板橋さん、大谷さん、坂本さん、池羽さん、大橋さん、鈴木愛さん、近藤さん、石関さん、長さんと、総勢15名のカメラマンとアシスタントが参加しました。
私は、講師の先生に興味があったので、栃写協のほうに参加いたしました。

始まる前に、現地で朝礼を行いました。
そこで、今日の研修の目的を明確にしました。
1.自身のスキルアップ 2.自身のモチベーションアップ 3.他の世界を知ること
ということで、会場に入りました。

講師の先生は、愛知県小牧市で宮田写真館というお店を経営する、木田陽子さん(40代?)です。

宮田写真館様と当社の明確な違いは、当社のような規模ではなく、ご家族と、少人数のスタッフさんで運営していることです。
すぐ近くには、アリスやマリオ、その他呉服店や、写真館が多数あり、その環境はディスカウント合戦だそうです。
木田さんは、そのような周囲の環境にも負けず、昔ながらの高付加価値の単価でスタジオを経営しています。
当然、そのままであれば、どんどん斜陽化してしまうわけですが、しかし、ここは全く違います。
しかも、新聞折込チラシなどのPRはいっさいしたことがないということです。
さてその秘密は??

ここには書ききれないほどのたくさんの理由がありましたが、
私なりに感じたことを要点を絞り込んで以下に記します。

1.経営理念というものがあるのか無いのか分かりませんが、「お客様の宝物をつくりだす」というコンセプトがあり、それが環境が変わろうとブレることがない。

2.店づくりにおいて、可能な限りあらゆることをお客様満足における工夫をしている。

3.口コミで繁盛するように、お客様が営業マンになるくらいの仕組みをつくっている。

4.すべてにおいて、お客様が主役になるような配慮をしている。

5.手間をかけることでのサプライズのサービスを徹底している。

6.売るために撮るのではなく、残すために撮るというコンセプト。

7.家族が毎年撮って行く仕組みやイメージのPRがとてもうまくできている。

8.キャッチコピーや、歌い文句が、とても新鮮で素敵で分かりやすく女性向き。

というようなことです。
具体的に何をやるかは、細かくメモをしましたが、ざっと30項目位ありました。
この中には、当社ですでに実行していることもありましたが、
しかし、ほとんどは、当社の現在のサービスと併用したり、新しいサービスとして活用できる可能性が大きいものばかりです。
本当に、たくさんのノウハウをいただいて、やはり行って良かったです。

講演風景です。かなりボケてしまいすみません。
先生に質問しているのは英さんです。いろいろな質問をしていました。偉いですね!
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そして、午後の部は、宇都宮店の直井さんが成人振袖のモデルになり、副社長に付き添われて来場しました。モデル、可愛かったです。ご苦労様!

午後は、このように撮影実技の研修です。
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実はこのあと私も、直井さんのお父さん役でモデルになりました。
私の頭のハレーションをカットするのに、木田先生だいぶ苦労されてました(笑)

この実技研修でも、この木田先生の「こだわり」と「情熱」がひしひしと伝わって来ました。

仮設のスタジオであっても、絶対に手を抜きません。
表情やポーズも、本当に細かいところまで、納得するまで何回でもやりなおしをします。
研修だから・・・と言って適当にやらないところが凄いと思いました。

以上、久々でしたが、本当に収穫のあった撮影のセミナーでした。
感謝です。
そして、参加された皆さん、ぜひすぐに、現場に生かしていっていただきたいです。
頑張りましょうね!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、宇都宮店に戻りましたら、先日の木越先生から色紙が届いていました。
どうぞご覧ください。
木越先生、本当にありがとうございました!
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by tamurasyasinkan | 2011-02-24 19:16

社長通信第207号 2011.2.23 2月度社員研修

皆さん、昨日の2月度社員研修会、大変お疲れさまでした!

皆さん、一人一人の真剣な取り組みのお陰で、とても素晴らしい一日となりましたこと、あらためまして心から感謝申し上げます!

さて、第一部の、今年初めての試みとなった、「13の徳目朝礼コンテスト」ですが、私の予測をはるかに上回る、素晴らしいコンテストになりました。
皆さんが、何度も練習をして、このコンテストに臨んだこと、その努力の成果が私の心にずっしりと重く伝わって来ました。本当にありがとう。

特に、宇都宮店の3つのチームは、非常に高いエネルギーと、元気さ明るさ、チームワークなどなど、どれをとっても最高の結果がつくれたと感じました。
これは、他店の皆さんが駄目だったというのではなくて、皆さん素晴らしかったのですが、
宇都宮店の3チームが、ずば抜けていたということですね。
このコンテストの全国大会でもあったら、優勝するかも知れませんね!
本気でそう思いました。
こんな風に、毎日朝礼ができたなら、本当に物凄い会社になるでしょうね!
ぜひ、そうなるよう期待していますね!

朝礼コンテストの写真を2枚添付します。凄いエネルギーです。
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次に、心に残るありがとう作文の発表会でしたが、これはまた趣がガラリと変わって、とても素晴らしい感動の時間となりました。
会場には、BOXティッシュが10箱も準備されていて、さすが気遣いも素晴らしいですね。
きっと涙を大量に流した人もたくさんいたでしょうね。
最後に上映したスライドショーは、今年1月の全国表彰式で上映されたものと、そっくり同じに私が編集してつくったものです。
いかがだったでしょうか?これをつくったのは、皆さんにも全国大会のあの感動を体験していただきたいと思ったからです。私もとても頑張りました(笑)
実は、あのスライドショーができてから1週間、密かに一人きりで10回ぐらい見ていたんです。
見るたびに涙が出ました。そのせいか昨日は涙が出て来ませんでした(笑)
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そして入選された8名の皆さんの記念撮影です。
おめでとうございました!皆、目が真っ赤でしたね。
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そして、メインイベントの木越和夫先生のとっても楽しいセミナー。
凄かったですね。みんなびっくりしたでしょう?
佐野店の永島裕子さんは、先生があの恰好で出てきた時に、感動して泣いたんだそうですよ。
昼食後の眠くなる時間でしたが、みんな目が覚めて眠くならなかったと思います。
そして英さん、アシスタントご苦労様でした。ありがとう。
皆さん、自分の夢、目標、絶対に写真を貼って、実現に向けて頑張りましょうね。
私もこれと同じようなことを、18年前にやったことがあります。
そしてその時に描いた、夢や目標はすべて実現していますよ!
18年前には、本当に実現するなんて思っていませんでした。
念ずる力って、凄いんですね。
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そして、最後の記念撮影です。
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皆さん、素晴らしい研修をつくっていただき、本当にありがとうございました!

終了後、木越先生をJR宇都宮駅まで車でお送りしましたが、車中いろいろな話をしました。

特に印象に残ったことは、
「いい会社だなあ」「いい社員だなあ」
「私も、もう1回社長がやりたくなっちゃったですよ。もう1回やってこういう会社をつくってみたいですよ。」
と言っていたことです。

皆さんが、いかに素晴らしいかということですし、私もそんな先生の言葉に、皆さんの社長であるということにあらためて誇りを持ちました。

本当に、皆さんに心から感謝の一日でした!ありがとう!
by tamurasyasinkan | 2011-02-23 16:35

社長通信第206号 2011.2.20 松下幸之助Ⅱ

2009年1月より私が経営幹部メールに送った、「松下幸之助一日一話」メールを数回に分けてこのブログに掲載することにしました。
これは、松下幸之助さんの言葉について私が感じたことを述べたものです。
本日はシリーズ2回目です。3編をお送りします。


人生を設計する  松下幸之助
--------------------------------------------------------------------------------
毎日、なにがなしに仕事をしている、ということでは困ると思います。
何でもいい、何か1つの目的を持つ。
そういうものを日々持ってそして同時に、1カ月先、あるいは1年なら1年の間には、こういうことをやってみるのだ、という1つの自己設計とでもいうものを持つことが大切だと思います。
そして、それはうまくいく場合もありますし、うまくいかない場合もあります。しかし、これはもう仕方がありません。
仕方がないけれども、そういうものを持っているということ、次つぎに生んでいくということ、それが、私は生きがいというものにつながっていくと言ってもいいと思うのです。
--------------------------------------------------------------------------------
私たちはどうも何気なく仕事に追われていることが日常になっているのですが、ではこういう日常生活を離れて、自分自身の成長というものを客観的な思いを持って考える時が必要ですね。
しかし、そういう時間と言うのは、自分自身で啓発してつくらなければ、なかなかできるものではありません。そういう意味では、読書がいちばん身近なものではないかと思います。
さらに、自ら進んで、生き方をテーマにしたいろんな方の講演を聞いてみたり、日創研などの研修を受けてみたりすることも、とても有効だと思います。
そして、私を始めとして、会社の経営幹部は、「常に学ぶ」という姿を部下に示す責任もあると思うのです。(田村)



枠にとらわれず   松下幸之助
--------------------------------------------------------------------------------
私たちは仕事を進めていく際に、ともすれば自分で自分の枠を決めてしまってはいないか。
たとえば、ラジオのデザインにしても、元来、デザインは固定したものでないのだから、三角でも円でもよいはずなのに、ほとんど箱型である。
このことに限らず、不思議なことに人間は自ら枠をつくり、その中に入ってしまうという悪い傾向がある。
これも自己を保有する一つの行き方かもしれないが、窮屈な枠の中で窮屈なものの考え方をしていては、心の働きも鈍くなり、自由自在なよい智恵が出てくるものではない。
ものにはいろいろな見方がある。
時と場合に応じて自在に変えねばならない。そこにこそ発展が生まれるのである。

--------------------------------------------------------------------------------
こんな有名な話があります。
松下電器のテレビの新商品開発デザイナーの方が、幸之助さんに質問をした時のことです。「松下さん、テレビの新しいデザインは本当に難しいです。
なにせブラウン管と、チャンネルとボリュームの三つしか無いのですから。どうしたらいいでしょうか?」と幸之助さんに相談すると、こんな答えが返って来ました。
「君なあ、地球上には50億の人間がいるがな、全部耳二つ、目二つ、鼻と口が一つずつと決まってるやろ。だけど全く同じ顔は、二つとないよなあ。神様は、最高のデザイナーやなあ。」
こういう発想ができるということ自体が、幸之助さんは、固定観念を持たない、自由自在な考え方ができる人であったことが窺われますね。(田村)




青春とは心の若さ   松下幸之助
--------------------------------------------------------------------------------
“青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気にみちて日に新たな活動をつづけるかぎり、青春は永遠にその人のものである”
これは私があるヒントを得て座右の銘としてつくった言葉である。
当然ながら、人はみな毎年歳をとってゆく。それはいわば自然の掟である。
しかし私は、精神的には、何歳になろうとも青春時代と同じように日々新たな気持を持ち続けることができるはずだと思う。
その精神面での若さを失いたくないというのが、かねてからの私の強い願いなのである。
特に最近は、心は絶対に老いさせないということが、個人的にも、また周囲の環境からも要請されていることを強く感じている。
--------------------------------------------------------------------------------
サミュエルウルマンの「青春」という詩を思い出しました。
幸之助さんもひょっとしたら「青春」をヒントにしてこの座右の銘を作ったのかも知れませんね。
さて、自分はどうだろうか?と振り返った時、どうも最近は老いてきているように感じます。
体調が良くないということは、心にもすごく影響するもんだと最近つくずく思います。
左肩が異常に凝っており、右腕は50肩で痛くて後ろに回りません。
そういうことが、すべてのヤル気を失せさせてしまう原因になります。
心身一体と言いますが、体の不健康は心の不健康を生み出すのですね。
そういう体になってみると、どんなに体調が悪くても、信念を貫いて、体の限界まで仕事をしている田舞さんを思い出し、自分で自分を叱咤します。
私も一生青春を貫き通したいですから。(田村)


幸之助さんがおっしゃっていることは、何も特別なことを言っているのではなく、人間が成長するために必要な、ごく当たり前のことを言っていますし、また、やろうと思えば誰でもできることなんですね。
ですから、結果が出ない人というのは、「やっていない」という一言に尽きる訳です。
頑張りましょう。
by tamurasyasinkan | 2011-02-20 17:25

社長通信第205号 2011.2.19 シミュレーション

今日は、あるスタッフが、「シュミレーション」か「シミュレーション」か?
どちらが正しいのか?という言葉を周囲に投げかけました。

私は、「そりゃあ、シュミレーションが正しいに決まってるよ」と言いましたら、
そこで「水」が入り、あるスタッフが、「それ、違います。シミュレーションが正しいです。」
と言うのです。

そこで早速調べました。

なんと彼女が言うとおり、「シミュレーション」が正しかったのです。

えっ~~~~!!!???

私は、間違った言葉を何十年も使っていたことになり、何と恥ずかしいことをしていたのか?
と、穴があったら入りたいような気分になりました。

シミュレーション・・・とは、英語の表記では「simulation」となり、まさにシュミレーションでは明らかに間違いなのです。
でも、これを読んでいるあなたも、「シュミレーション」と発音していなかったでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、それではそのような誤った発音の言葉が他にあるのか?とても興味が湧き、いろいろと調べてみることになりました。
そしたら、・・・・あるわ、あるわ、ホントたくさんあります!

例えば、スーパーで売っているマグロのトロのような味がする果物と言えば?

私は、「アボガド」と発音していましたが、何と!正しくは「アボカド」なんですね。

さらに皆さん、「ファンタジック」(幻想的な)なんて言っていませんか?

これ実は間違いなんですね。英語では、Fantasticと書き、発音は「ファンタスティック」なのです。

さらに、次から次へと行きますよ!心の準備をしておいてください!

「コミニュケーション」と言っていませんか?正しくは、communication「コミュニケーション」です。

パソコンの「ディスクトップ」と言ってませんか?正しくは「デスクトップ」です。

女性が爪に塗るのを「マニュキア」と言ったら間違いで、正しくは「マニキュア」なんです。

コンピュータにソフトをアップすることは、「インストゥール」でなく「インストール」。

そして面白いのが、「fast food」は「ファーストフード」と呼ばれていますが、これは「速い食べ物」ということで、正確には「ファストフード」なんだそうです。「first food」では一流の食べ物になるそうです。

まだまだありますよ・・・

コーヒーの「カプティーノ」もイタリア語で正しくは「カプチーノ」。

「トレビアの泉」は間違いで、正しくは「トリビアの泉」。

「ダイエーフォークス」は間違いで、正しくは「ダイエーホークス」

などなど・・・・・。

外来語について、日本人は言葉の意味よりも「発音しやすい」ほうについ流れてしまっているのだそうです。

しかし、「シュミレーション」が間違いだったなんて!?

本当に「寝耳に水」でした!

教えてくれた、スタッフのKさん!ありがとう!

思わぬ勉強をした今日の一時でした。
by tamurasyasinkan | 2011-02-19 22:56

社長通信第204号 2011.2.16 丸山浩路先生

丸山浩路(まるやまこうじ)先生が昨年の12月3日にご逝去されていたと今日知りました。

我が社で丸山浩路先生をご存知の方は少ないと思いますが、
私が一時期、とても感銘を受け、尊敬していた先生です。

たぶん、皆さんもNHK教育テレビで一度や二度はご覧になっていると思います。

NHK教育テレビでは、数年前まで、手話ニュースにおいて手話アナウンサーをしていました。
四角い顔で、眉が濃く、モミ上げが長い、いつも笑顔のあのオジサンです。
覚えているでしょうか?

私と丸山先生の初めての出会いは、
宇都宮塗料工業の宇都宮誠社長が主催した、会社の創業〇〇周年の記念講演会に出席した時のことでした。「手話講演」というものでしたが、一人芝居のその迫真の演技と、心を打つ内容に、本当に感動し、涙を流しました。

そして二度目の出会いは、日創研のTTコース最終講でのパフォーマンス講演でした。
笑いと涙、愛と勇気、挫折とチャレンジ・・・感動の連続でした。

5年前に5度目の講演を拝聴した時が、最後でした。
その時は、少し言葉が不自由になっていましたが、それでも一心不乱にパフォーマンスをしていました。

行年69歳だったそうです。心からご冥福をお祈り申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下、丸山先生の感動の講演の中から抜粋してお伝えします。
どうか、読んでみてください!


「出会い、この素晴らしきもの」

高等学校の一年五組の担任五井先生は、新入生が入学して初めての授業で、名簿の名前を順番に呼んでいたが、「山田太郎」という生徒にだけ、名字ではなく「太郎!」と名前だけで呼んだ。

呼ばれた太郎は理由が分からず、なんとなく軽蔑されたような面白くない気持ちだった。

五井先生はその後も何故かずうっと「太郎」と呼び続ける。

不審に思う太郎だったが、3学期になり五井先生は病気で入院したという話が伝わった。

すると、五井先生から太郎に会いたいという電話があったことが伝えられ、太郎はしぶしぶ面会に行く。

病院のベッドには、何本もの管をつけた五井先生が横たわっており、髪の毛はほとんど抜け落ち、やつれた顔で苦しそうに息をしていた。

お前にどうしても話しておきたいことがあって・・・と咳き込みながら五井先生は秘密を話し始めた。

「どうして太郎とよんだのか・・・その理由をどうしても話しておきたくて・・・。
お前、小学六年生のとき、文集に書いた作文・・・覚えているか」

太郎の顔から、それまでのおどけた表情が消えました。六年生のときの文集・・・
そこには太郎が父親のことを書いた作文が載っていたのでした。

太郎の両親は共に言語と聴覚に障害があり、聞こえませんでした。話せませんでした。
しかし、そのことで太郎が両親に反抗したことはありませんでした。ただ一度を除いて・・・。

ある日の放課後、太郎はクラスメイトと大喧嘩をした。
自分より背丈の大きい相手を組み伏せると、下敷きになって必死にもがく相手がこう叫んだ。

「やぁい、おめぇんちの父ちゃん、母ちゃん、耳聞こえねぇだろ。しゃべれねぇだろう。この前の運動会のときおめぇんちの父ちゃん、母ちゃん、変な声出してサルみてぇに手で踊って話してやんの。おめぇ、一度も名前呼ばれたことねぇんだろう。犬や猫だって名前呼ばれんのによぉ。これからもずっと呼ばれねぇんだぞ。ザマアミロ!」

太郎はハッと息をのみ、拳を振り上げたまま体が動かなくなってしまいました。
両親に名前を呼んでもらう・・・太郎にとってこれまで考えても見なかったことでした。

太郎は立ち上がり、校門めがけて駆け出しました。
今までに感じたことのない寂しさ、言いようのない切なさに襲われながら、夕暮れどきの賑やかな商店街をひたすら走りました。
ボロボロと涙をこぼし、無我夢中で家に向かいました。

目を真っ赤に泣きはらし、悔しそうに睨みつけている太郎。
いつもとは違う息子の様子に驚いて立ち上がった父親に、太郎はむしゃぶりつきました。そして泣き叫びながら父親に向かって手話を始めたのです。

「ぼくの 名前 呼んで! 親なら 子どもの 名前を 呼ぶのは 当たり前 なんだぞ。 この前 運動会が あったよね。 走っているとき みんな 転んだだろ。 転んだとき みんなは 父さんや 母さんに 名前を 呼ばれて 応援 されたんだぞ! ぼくだって 転んだんだ・・・。 でも ぼくの 名前は 聞こえて こなかったぞ・・・。
父さん、 名前 呼んでよ。 一度で いいから ぼくの 名前 呼んで・・・。名前を 呼べないんなら ぼくなんか ぼくなんか 生まれなければ よかったんだよぉー!」

父親にしがみつき、その体を揺さぶりながら、太郎は声をあげて泣きました。
じっと目を閉じていた父親は力いっぱい息子を抱きしめ、やがて静かに体を引き離しました。

そして、無言の中にも力強い息づかいを感じさせる手話で、太郎に語り始めました。
「私ハ 耳ガ 聞コエナイ コトヲ 恥カシイト 思ッテ イナイ。 神ガ 与エタ 運命ダ。 名前ガ 呼バレナイカラ 寂シイ? 母サンモ 以前 ソウダッタ。
キミガ 生マレタ トキ 私タチハ 本当ニ シアワセダト 思ッタ。 五体満足デ 声ヲ 出シテ 泣クコトヲ 知ッタトキ 本当ニ ウレシカッタ。 君ハ 体ヲ フルワセテ 泣イテイタ。 ナンドモ ナンドモ ヨク泣イタ。
シカシ ソノ泣キ声ハ 私タチニ 聞コエナカッタ。 母サンハ 一度デ イイカラ キミノ 泣キ声ガ 聞キタイト キミノ 唇ニ 聞コエナイ 耳ヲ 押シ当テタ。

(ワガ子ノ 声ガ 聞キタイ! コノ子ノ 声ヲ 聞カセテ!)

ト ナンド 願ッタ コトカ。 シカシ 母サンハ 悲シソウナ 顔ヲシテ 首ヲ 左右ニ 振ル ダケダッタ。
私ニハ 聞コエナイガ オソラク 母サンハ 声ヲ アゲテ 泣イテイタト 思ウ」

太郎は初めて父親の涙を見ました。

父の心の底からほとばしり出るような手話をまばたきもせずに見つめました。

「デモ 今ハ 違ウ。 私モ 母サンモ 耳ノ聞コエナイ 人間トシテ 最高ノ 生キ方ヲ シテイコウト 約束シテイル。
キミモ ソウシテ 欲シイ! 耳ノ 聞コエナイ 両親カラ 生マレタ 子ドモ トシテ・・・ソウシテクレ。 コレハ 私ト 母サン 二人ノ 願イデス」

この時の父親の言葉を太郎は作文に書き、五井先生は同期生の自分の子どもが持ち帰った文集をたまたま読み、太郎の作文に感慨を覚えていた。
それから三年の月日が流れ、自分が担当するクラスに山田太郎の名前を見つけた。
記憶をたぐり寄せるように内申書をめくると、「両親ともに言語聴覚障害1種2級」と書かれていた。

(ああ・・・あのときの作文の子だ・・・)

「お前の担任になると知ったときから・・・私は・・・お前の名を呼ぶときは・・・」
つらそうに咳き込みながら、五井先生は振り絞るような声で話しました。

「こんなとき、お前のお父さんだったら・・・どう呼ぶかな・・・そう考えながら『太郎、たろう、タロー』と呼び続けていたんだ・・・理由も話さず・・・悪かったな・・・太郎」

頭を激しく振りながら、太郎の口から嗚咽が漏れました。
奥歯を力いっぱい食いしばっても、とめどなく涙がほほを伝ってきます。

「先生・・・この前、バスに乗って社会見学に行っただろう。あのとき、出発前に腕時計を指で差しながら『太郎、時間だぞ、太郎っ』って呼んだよな。オレ、あのとき・・・うれしかったんだ・・・。親父に呼ばれているみたいで・・・本当にうれしかった・・・」

うつむきながら肩を震わせている太郎のそばで、すっかりやせ細った五井先生は、じっと太郎をみつめながら何度もうなずきました。

「何も知らなかったから・・・ふざけて返事したりして・・・。先生、元気になってください! 必ず元気になって、僕のことずっと太郎と呼んでください・・・。お願いします。おねがいします!」

それから四日間、意識不明の状態が続き、五井先生は亡くなられました。
しかし、五井先生の限りないやさしさは、今も太郎の心の中に生きています。



「人間にとって最高の栄誉ある喜びとは」

不幸のほとんどは「~してくれない」というものの考え方から生まれてきます。

労せずして楽を得ようとする発想、自分だけ得をしようという発想は、心の貧しさであり、そこにとどまっている限り、生きていることの本当の喜びはいつまでたっても手に入れることができないでしょう。

人間にとって最高の栄誉ある喜び。

それは自分がほかの人の役に立つことができる、自分の存在がほかの人の喜びにつながることを知ることだと私は考えます。

人は一人では生きてゆけません。

一人では歩いてゆけません。

生きているということは誰かと手をつなぐこと、つないだ手の温もりを忘れないでいることです。
人間、生きてきて最後に残すものは、「どれだけ集めたか」ではなく、「どれだけ与えたか」です。

出会いに感動し、人の心に出会いを残すことこそが生きる喜びであり、生きた証しでもあるのです。



「人間は二度死ぬ」

人生は出会いで決まる。

運命は誰と出会ったかで決まる。

なぜなら人間は二度死ぬからなのです

一度目の死は、この世を去るとき。

でも、それで終わりなのではありません。

もう一回さよならするときがあるのです。

それは、自分がこの世に生きていたということを知っている人が誰ひとりとしていなくなったとき。

これが二度目の死です。

肉体はこの世から消えようと、出会いの灯し火は人の心に灯りつづけます。

その灯し火がある限り、人はまだ死んでいないのです。

だからこそ、生きているときにできるだけ素晴らしい出会いを残しておきたいじゃありませんか。

出会いを豊かなものにしたいじゃありませんか。

人の心に出会いを置かせていただく-出会いの命は人の命より長いのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いかがですか?すごいでしょ?

私の心に、今も息づいている丸山先生の講演の言葉です。

そう、丸山先生の本当の死は、丸山先生を知る人がこの世の中に一人もいなくなった時なんですね。

これから、機会ある度に、この話を受け継いで行こうと思います。

長文をお読みいただき、誠にありがとうございました。
by tamurasyasinkan | 2011-02-16 22:39

社長通信第203号 2011.2.14 St.Valentine's Day

今日はバレンタインデーですね。

宇都宮店では朝礼後にこのような儀式が・・・・

ジャーン!!!!!!!!!
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そして・・・・・・・・・・
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さらに安達店長も美女に囲まれて!
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もうこれには説明は要りませんね(笑)

素直に喜んでいます。しかし・・・

「すっかりおじいちゃんですね。」
写真を見た夏子さんが心に突き刺す言葉を・・・・・。

「なにくそ!年なんかに負けないぞ!俺の心はまだ二十歳だ!」
と、威勢だけはいいのですが。
でも、やっぱり老けたなあ・・・。

さて、今日は今年から新しい試みで実施することになった、「スタッフ他店舗交流研修」で、
小山店から池羽ひとみさんが出勤しました!
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この研修制度は、昨年11月24日に開催された新人研修の時に、佐野店の長さんが宇都宮店に来ましたが、その時に長さんが、「宇都宮店に来て本当にたくさんの気づきがあって、とても勉強になりました。」という感想を言っていたのがきっかけです。

そんなに勉強になることならば、定期的に他の店舗の空気を味わうことをシステム化しようということになり、いよいよ、今日がその初めての実施となったわけです。

今日一日、池羽さんには、どんな気づきと学びがあるか本当に楽しみですね。

頑張ってください!
by tamurasyasinkan | 2011-02-14 11:38

社長通信第202号 2011.2.13 伝説のエピソード1

田村写真館にはたくさんの伝説のエピソードがあります。

伝説とは語り継がれるもの・・・ですね。

先輩のスタッフから、新しいスタッフへと語り継がれること。

これはとても大事なことであり、他の何よりも大切なことでもあります。
その時その時は、感動しても、その感動をしっかりと後から続く後輩たちに伝えていく使命が、古いスタッフにはあるのだと思います。

そういう仕組みは何もありませんが、しかし仕組みなど必要ないほどに、伝えなければならないという使命感があふれて、事実が伝説として生きていることが、会社の存続と同じくらい、いや、並行して歩んでいくべきものと思うのです。

今日は、一つだけ私の心の中で今でも息づいている伝説を紹介します。

これはもう10年くらい前のことになります。
当社の本店、その当時はスタジオタムラという名前で営業していた、現在の外販事業部で起こった出来事です。

その日は、写真だけの結婚式というメニューのお客様で、新郎新婦の和装婚礼写真を撮影したのです。
撮影が終わった頃、事務所にいた私のところに着付けのパートさんの上岡さん(現佐野店勤務)が、言いずらそうにしながら話しかけてきました。
「社長、今撮影した花嫁さんですが、県南病院にお母さんがリハビリで入院しているんだそうです。このまま病院まで行って、お母さんに花嫁姿を見せたいって言うんですけど・・・でも外出料金が5万円かかりますと言うと、そうですか、じゃああきらめますということになりました。
・・・社長、ちょっとだけ病院まで往復するだけですから、私が運転して行きますから・・・なんとかサービスできないでしょうか。・・・」と言うわけです。

県南病院とは、車で5分足らずの所にある病院です。私は、ちょっと考えましたが、上岡さんに、「う~ん。いいだろう。お母さんに見せてやって。そういう事情なのだから、特別無料にしよう。」と伝えると、上岡さんは、「ありがとうございます、本当に感謝します。」と、まるで自分のことのように満面の笑顔で喜びました。

病院に出かけてから30分ほどして、上岡さんが店に戻って来ました。
そして真っ先に私のところに報告に来たのです。

「社長、やっぱり行って良かったです。お嫁さんは、ここを出る前に電話で病院に連絡を入れていたのですが、病院に着いて、正面の自動ドアが開くと、ロビーに10台くらいの車椅子のお年寄りたちが、横一列に並んでいてですね、そしてその列の後ろには、病院の先生や看護婦さんがたくさん並んでまして、・・・」
ここまで話すと上岡さんは涙で話を中断しながらも、またやっと話し続けました。

「その車椅子のおばあちゃんたちと、先生たち、看護婦さんたち皆が一斉に、おめでとうって花嫁さんを笑顔と拍手で迎えてくれたんです。私もう嬉しくて嬉しくて・・・、やっぱりお母さんに見せに行って、本当に良かったです・・・」
と、止まらない涙を抑えながら報告してくれました。
病院のお母さんのリハビリ仲間と、それを介護する先生や看護婦さんたちが、暖かい祝福をしている光景を思い浮かべた時、私も感動して思わず嗚咽を漏らしてしまいました。

「いいルールができて良かったね。」と答えると、上岡さんは、「本当にありがとうございました。こんなに感動したことは生まれて初めてです。」と目を真っ赤にして笑顔でおっしゃいました。

病院のお母さんに、花嫁姿を見せるだけなら無料でもいいだろうと許可をしたのですが、それがたくさんの人を巻き込んで、このように大きな感動をつくり出す結果になるとは、全く予期せぬことでした。
たった一人のパートさんの優しい心が、素晴らしい感動を生み出す元になったのです。

皆さん、私たちは常に、新しいルールをつくりながらこの仕事を運営しているのです。

その時の上岡さんは、新しい事例をつくり、新しいルールをつくってくれたのです。
これは、上岡さんの「人に尽くしたい」という立派な心から生まれたルールです。

これからも、新しいルールを、正義のルールをつくって行きましょう!
by tamurasyasinkan | 2011-02-13 22:09

社長通信第201号 2011.2.11 ありがとう地球

今日は、2月22日の社内研修会で発表する、心に残るありがとう作文の作品講評を書いていました。

この作文コンテストは去年に続き2回目になります。
お一人お一人の作文をじっくり読ませていただきました。

そしてお一人お一人のそれぞれの人生、それぞれの思い出、それぞれの感謝の気持ちを
私も両手をいっぱいに広げたような心で、受け止めさせていただきました。

中には、本当に人前では言いたくないであろうようなことを、正直に書いてくれた人もいます。
応募していただいた全員の方に心から敬意を表したいと思います。

以下、8月にこのブログで書いた自己開示についてです。

「さて、ありがとう作文は、自己開示のひとつです。
自分自身をありのままに表現する、貴重な場であるといえるでしょう。
私も含めて、みんながありのままに正直に、自己開示をされた時に、
私たちの会社は、さらに強く温かくやる気に満ち溢れた人の集団になるのではないでしょうか。」

70人いたら、70通りの人生があり、70通りの幸せや悩みがあり、70通りの家族がいるわけですね。
それらの一つ一つを互いに共有できるようになったら、
それは、この会社に従事する70人は「大きな大きな家族」という見方もできるわけです。

家族だからこそ、心の絆は強く、愛する思いは深く、受け入れる心は広く、
そんなつながりができ得るのではないでしょうか?

それは、私たちが目指す将来のビジョンかも知れません。

そして、世界中がそうなったら、いいですね。

地球に生きるすべての生き物が、そうなったらいいですね。

今日は、「ありがとう地球」という歌をご紹介します。

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「ありがとう地球」 作詞:岩堀美雪/作曲:くまひげ/唄:ミネハハ


木は黙って切られ 黙って倒れる

人が空を汚しても 黙ってそこで呼吸する

私たちは利用するばかりで

この地球に感謝したことがあっただろうか

ただの一度でも心込めて

「ありがとう」と言ったことがあっただろうか

傷つけても傷つけても傷つけても 黙って耐えてたこの星に

何かを返したことが あっただろうか

土は草を育て 草は生き物を育てる

自分のためとか何かのためじゃなく

そこに生きてそこに朽ち果てる

そうやって何年も何百年も 何億年も生きてきた

空が青いこの地球 海がきれいなこの地球

緑あふれるこの地球 ふるさとの星この地球

ありがとう ありがとう ありがとう 地球

地球は愛を育て 愛は人を育てる

地球の前では敵も味方も自分も他人も上も下もない

そうやって何年も何百年も 何億年も生きるんだ

空が青いこの地球 海がきれいなこの地球

緑あふれるこの地球 ふるさとの星この地球

ありがとう ありがとう ありがとう 地球

みんなが空で みんなが海

みんなが緑で みんなが地球

人が汚したこの星を 必ずきれいにして返すから

空が青いこの地球 海がきれいなこの地球

緑あふれるこの地球 ふるさとの星この地球

ありがとう ありがとう ありがとう 地球
by tamurasyasinkan | 2011-02-11 17:34

社長通信第200号 2011.2.8 日暮里/布の町へ

今日は東京の日暮里に行ってきました。
目的は、七五三のオリジナル衣裳を作るための生地購入のためです。
私は日暮里へ行ったことが無いので、運転手を買って出ました。
何事も自分の目で見ないとわかりませんからね。

朝9時半に国道50号の道の駅みかも山に集合出発。
一緒に行ったのは、小山店の高橋さん、青木さん、宇都宮店の七久保さん、黒川さんです。

道中は、ナビの音声が聞き取れないほど?後部座席からのおしゃべり攻撃でした。
今度行く時には「耳栓」が必要かも(笑)・・・いや、失礼。
そんな冗談を言いながら楽しい時間が流れて、あっという間に日暮里へ!
佐野インターから途中休憩1回入れて1時間15分で着いてしまいました。

高橋組と七久保組の二手に分かれて目当ての生地を探すことにしました。
私は・・・初めての日暮里を探索しようとぶらぶらと一人で別行動です。

日暮里とは、こ~んな感じの町です。
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布を売るお店がずらりと並んでいますが、中には手芸用品、アクセサリー、カーテンなどのお店もポツポツとありました。

業者の人ばかり買いに来るのかと思ったら、子供連れや、観光客風の若い女性なんかも随分おりました。しかし男性はあまりおりませんでしたので、ちょっと肩身が狭かったです。

どのお店も、中に入ると所狭しと布地の反物が積んであります。

値段は1m300円位が多いのですが、時々「おっ!これイイナ!」なんて目に止まると、大体そういうのは2800円くらいします。
しかし、イイものはイイ・・・ですね。ほんとに欲しくなってしまいます。

てなことで、約2時間くらいで買い物の目的は達成したようで、帰路に着きました。
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蓮田のSAで遅い昼食を取り、佐野で解散したのは3時半でした。

今回、初めてオリジナル衣裳の生地購入に参加しましたが、ひとつ大きな気づきがありました。

それは、今までのオリジナル衣裳作成の手順は見直すべきだということです。

今までは、最初にデザインを起こし、それに基づいて布地を購入という手順でしたが、
デザインに見合った布地を探すのは大変なことです。
また、デザインを起こす人も、自分の想像力だけで起こすのですから、イメージの幅に限界があるのではないでしょうか?

であるならば、デザインを起こす人と仕立てをする人がペアになり、
まず、日暮里に行く。
そしてデザインを起こす人は、膨大な数の布地の中から、直感で完成形をイメージして布地を選ぶ。そして仕立てる人が、その布地の量を決めて購入する。

この手順に変えるべきでしょう。
こうした方が、よりレベルが高く良いものができあがる可能性が広がると思います。
いや、絶対にそうなります。

イタリア製やフランス製と思われるような、本当にゴージャスでハイセンスな布地がたくさんあります。
あるいは、とても不思議というか奇抜というか、そんなサプライズなものもあります。

そういうものを目で見て、そこからイメージする・・・これが大切だと思いました。
私自身も、これで作ったらいいものができる!と思ったものがたくさんありましたから。
いかがでしょうか。

百聞は一見にしかず・・・ですね。
by tamurasyasinkan | 2011-02-08 17:57