会長通信


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社長通信第486号 2014.4.13 ウオーキングコース

ウオーキングを真剣にやるようになってから、気が付いたらすでに9か月になります。
今ではやっと習慣化したようです。
ウオーキングが出来ない日は、何となく心の中に「やり残し感」が生まれるようになりました。

さて皆さん、私のウオーキングコースには、いくつかありますが、今日はその中でも、ダントツに行く回数の多いコースを、写真でご紹介しましょう。

これはまず、私の住んでいる田村写真館の外販事業部です。
私たち夫婦は、この2階に住んでいます。
ここからスタートです!!
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家の前の路地を左に進むと、すぐに細い通りに出ます。
この通りを左に曲がります。
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この通りも、車は少なく、閑静なところです。
朝夕は小学生の通学路になっています。
遠くに見える突き当りの細い路地を進みます。
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路地を百メートルほど進みます。
町のメインストリートが見えて来ました。
あの通りを横切り、さらに前方に進みます。
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またこんな通りを進みます。
車はほとんど通らないので、安心して歩けます。
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しばらくすると、国道293号線が見えて来ます。
この通りは流石に交通量が多く、押しボタン信号を赤にして横断します。
このコースで、信号を使うのは、ここ1回だけになります。(往復2回)
自宅からここまでが、約8分くらいです。
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国道を横断し、また静かな通りをしばらく歩きますと、5分ほどで新しくできた道路が見えて来ます。
区画整理によって最近できた道路ですが、あそこを右に曲がります。
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新しくできた道路は、このように歩道が広く取ってあって、安全で歩きやすいのです。
しかし、車もあまり通っていないので、こんな道を作って、税金の無駄遣いだなあと思っています。
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しばらくすると、左手に公園があります。
この公園も新しくできたものですが、利用する人もあまりいないのです。
左側に公衆トイレがありますが、おなかの調子が悪い時は、ここをお借りします。
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公園を抜けると、立派なお寺が見えて来ます。
ここは本光寺と言って、曹洞宗のお寺でとても広大な敷地に建っています。
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お寺の山門をくぐり抜けます。
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境内の手前で、右に折れて、田舎道を進みます。
右手には、高さ10メートルくらいの真っ白な観音様の立像があります。
奥の突き当りを左に曲がります。
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この道は、車1台やっと通れるくらいの狭い道です。
木々がうっそうとしていて、夏は涼しさが感じられる所です。
ちょっと行ってまた右に曲がります。
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また少しして、あの梅の木の所を、左に曲がります。
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また少しすると、右手に町工場が見えて来ます。
この工場には中国人の労働者が沢山働いていて、時々挨拶します。
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工場を通り過ぎると、すぐ左手にお地蔵さんがおります。
ここは、密蔵院という真言宗のお寺の入口になっています。
ここも立派なお寺ですが、ウオーキングでは立ち寄りません。
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お寺の入口を右に曲がり、ちょっと行くとT字路があります。
あのT字路を左に曲がると、よくFacebookで紹介している農道に入ります。
ここまでが、自宅から25分です。
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ここが、あののどかな農道の始まりの景色です。
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この農道は、約5百メートルくらいありますが、ここの景色は四季折々美しく変化をしますので、歩いているだけでとても心豊かになります。
5月には、一斉に左右一面が、水田になります。
夏は蛙の声、秋は稲刈りと変化して行きます。
今は、菜の花、タンポポ、ぺんぺん草などの雑草が、お日様の光を体いっぱいに浴びでいます。
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農道の終着は、あの突き当りにある灌漑用の溜池です。
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ここは「えんのため」という池で、周囲約250メートルです。
この池の表情も四季折々美しく変化します。
では、池を一周してみましょう。
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いかがだったでしょうか?中々、綺麗な所でしょう?
池を一周したら、また再び来た道を帰ります。
行きと帰りでは、もちろん景色の表情も変わるのですよ。
帰りの農道は、逆光になるので、道端の草花もまた違った美しさがあります。
遠くに霞んで見える山々は、県立自然公園でもある唐沢山です。
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このウオーキングコースは、往復で約6キロ、1時間15分の道のりです。
だんだん暑くなると、早朝のウオーキングに変わります。

さて、私が生まれ育んだ、この郷土。
文明の発達により、建物や道路は変化しましたが、でも昔からほとんど変わっていない自然の景色も沢山残されています。
私は、ウオーキングが最初はあまり好きではありませんでした。
道端の草を見ても、何も感じませんでした。
でも、これを毎日毎日続けていると、だんだんと今まで見えなかったものが見えて来たりするんですね。
これはとても不思議だと思いました。
これこそが、ウオーキングの楽しさかも知れません。

ウオーキングは体力を維持するためだけでなく、心にも優しいことなんだと、最近は思って楽しんでいます。
皆さんも、ぜひ、ウオーキングおすすめですよ!!

木々の新芽もこんなに美しいんです。うぐいすも競演していますよ。
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by tamurasyasinkan | 2014-04-13 13:49

社長通信第485号 2014.4.10 固定観念の打破

自分探しは、しなくてもいい。
ほんとうの自分とは、今日これからつくられていく自分なのですから。

現在の自分をつかむためには、与えられた現実に対して抱く疑問や異和感を通してしかありません。
「何がしたいかわからない」というときは、自分自身が自分を抑圧して、自分が出せないという状態です。
現実は、他人によって作られた社会です。
ものごころついたときから、その社会に何の疑問も感じないということは、
その人間には、自分らしさがない、個性がないということです。
まったく不満も疑問も感じないときは、まだ個性が磨きだされていないか、
学校教育において感性が抑圧され、既成の固定観念、知識だけを与えられ、
保守的な精神性に馴らされてしまっているからです。

自分が出てくるようになれば現実のいろいろなところに疑問や納得できないことが感じられてきます。
その感覚が、「現実の自分」です。
この現実に対して「ちょっとおかしい」という疑問や異和感を感じることが大切なのです。
これが固定観念を打破するキッカケなのです。

ほんとうの自分は、理性ではつかめません。
感性の実感という理屈を超えた方法でしか自分をつかめません。

異和感を感じるところに、自分の使命があるのです。

自分探しは、する必要はありません。
ほんとうの自分とは、今日これからつくられていく自分なのですから。

※異和感とは・・・感性論哲学独自の用語。辞書では、「違和感」。
異和感とは、違うのではなく、異なるだけ。違いは、対立を生む。

『芳村思風 風のことば集』より
最後まで読んでいただきありがとうございます。
※写真は本日の散歩コース、溜池の桜と菜の花です。
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by tamurasyasinkan | 2014-04-10 16:44

社長通信第484号 2014.4.6 恋と愛

「恋愛」という言葉から、恋と愛は同じ次元と考えられてきました。
愛と恋は、次元の違うものです。比べるものでもありません。

「愛」とは努力すること。
結婚して、長く一緒にいると「結婚する前と、この人は全然ちがう」
「変わった」「こんなはずじゃなかった」という場面が何度も出てくるようになる。

結婚するまでは、見えなかったこともある。
こんな人だと勝手に考えていたこともある。
そのギャップに気づいただけのこと。
相手も変わっているかもしれないが、自分も変わっている。

「恋」は、離れているから生じるもの。
離れているから、近づきたい、一緒にいたいという気持ちが湧いてくる。
「恋」している時には、アバタがエクボに見える。
結婚すると、アバタはアバタとして見えてくる。長く一緒にいると長所が見えなくなって、 短所や欠点がクローズアップされてしまう。

自分の欠点や短所は見えづらい。自分にも短所欠点があると自覚しなければ、 他人の欠点短所が許せない。
人間は皆不完全です。

だから「愛」とは許すことからはじまる。
恋の病は、結婚すれば完治する。
多くの人は結婚して数年、いや数ヶ月ですでに“選ぶ相手を間違えた”と後悔する。
生活を共にし始めたらすぐ正気に戻るから。
アバタはもうエクボには見えなくなる。

結婚したら孤独でなくなる、淋しさが癒される、幸せになれるなんて、勘違いだと気づく。

夫婦関係はまさに人生最大の“行”。これほど人を成長させる人間修行はない。愛を感情や情熱だと思っているために、夫婦や恋人たちは長く一緒にいると、愛が冷めた、もう愛がないから別れましょうという話になってくる。

価値観、性格が合わないという理由で簡単に別れる。独占欲や所有欲、執着や嫉妬は、愛ではない。

人間は不完全だから誰かを愛したら嫉妬も感じる。
嫉妬によって関係性を破壊してしまうような行為に出るのは真実の愛から出たものではない。

自分では愛だと思っている自己中心的な感情であり欲望であり執着。
相手が自分の欲求や要求を満たしてくれなかったら消えてしまうような愛は、とても幼い、未熟な愛です。

恋は、正しい理性が働かなるために修羅場を作るが、 愛は正しい理性と一緒になることで育くまれていくものです。

真実の愛には、待つ時間、耐える時間、許す力、信じる力、愛し抜く力、責任といった意志の力や判断力・決断力、忍耐力、努力が不可欠なのです。

恋は自然、愛は芸術。
愛は文化なのです。

『芳村思風 風のことば集』より
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
by tamurasyasinkan | 2014-04-06 14:59